ナルキッソス その一
洋種ズイセン Narcissus
ナルキッソスの物語
むかしある国にナルキッソスという美貌の太子がいた。太子の美貌は光り輝くばかりで、なにひと
つ非の打ちどころがなく、その上太子という尊い身分と共に国中の若者の羨望の的であった。ところ
が唯一つこの太子には、神のミスがあった。というのは神ほ彼に、優れた美貌と太子の位を与えた代
償として、彼には人より少ない知恵を与えたからであった。だから太子は毎日何するでもなく、終日鏡
のようによく磨かれた楯や水に写る自分の姿を眺めてご満悦して暮していた。
ある日太子は多くの家来をつれて、近くの森へ猟に出かけた。ところがその森の中ほどには、清澄
な水を湛えた、小さな池があった。そこまでくると太子は、いつもの悪い癖がでて、水辺に腰を下ろ
すと動く気配もなく、見飽きることなく水面に映る自分の姿を眺めてただひとり悦に入っていた。そ
うなるともう猟のことなど、彼にはどうでもよかった。家来たちには勝手にいってこいといって、自分は
ただひとり、池のそばを離れなかった。
やがて日が西に傾いて、森の中が暗くなってくると、家来ほ三々五々獲物を手に、池のほとりへ帰っ
てきた。ところがそこには太子の姿はなく、どこを探しても、彼の影も見当らなかった。困りきった家来
たちが、呆然と立ちつくす足もとに、ただひとつ明るい黄色のスイセンが夕闇の中にわびしく咲いていた。
しかも家来たちが驚いたことには、その花が太子そっくりの声で「自分ほもう水仙の花になってしまった
から、城へ帰ったら父に話してくれ。自分は己れの愚かさを罰せられて、こんな姿になった」
と語り聞かせた。
その声はいかにも悲しげで、なみいる家来たちは思わず泣き出した。