睡蓮 その一
睡蓮 【water lily 】 Nymphaea
バラの花びらがスイレンに
大昔、遠い国に、その国を横切って、大きな川が流れていた。その岸べは花
の森ともいって、いつも緑が豊かで、花の香りが充ち満ちていた。またこの花の
森は、若い恋人たちの絶好のデートの場所で、いつも若い男女が散歩していた。
ところがここへくる若い女たちほ、いつも決ったように、誰でも川辺に咲く美しい
バラの花を欲しがるので、男たちが競って、一番美しい花を摘んでしまうから
美しいバラは、年々減ってゆくばかりであった。
だがこの花園には、まだ誰にも摘まれず、従って一度も乙女の胸に休んだこと
のないただひとつのバラがあった。それほ雪のように白く、どのバラにもない、高
い香りをもっていた。ただこのバラは惜いことに、険しい岩の上に生えていて、し
かもその枝は、渦巻く激流の上に蔽い被さっていた。そんなわけで、どんな情熱
的な男でも、敢えてそれを摘もうとしなかった。だからこのバラだけは、年年空しく
咲いて空しく散り、その花片は淋しく落ちては流されていった。
ある朝、そこを一組の男女が通り過ぎた。女ほ今までにルビーのように赤いバラ
や夕焼の空のようなピンクの美しいバラや、また燃える火のような赤いバラなど美
しいバラの数々を貰ったのだ彼女は一目この白バラを見ると、ダイヤモンドのように
輝やいて見えるので、すっかりその魅力にとりつかれて欲しくなった。
男ほ乞われるままに岩によじ登り、あえて危険を犯して白バラを摘もうとした。そ
れを見た女は、急いでそれを止めようとしたが、時すでに遅く、男は足をすべらせて
激流に落ちてしまった。激しい流れにそのまま運はれていった。
それからほ男は誰も、再びその岩を登ろうとも、またその白バラを摘もうともしなかった。
だから白バラは、毎年咲いてはそのまま散って、その花片を激流に落し続けていた。
ところがある日、それらの花片が下流でとつぜん睡蓮の花となって咲きだしたということである。
(西欧伝説)