ヘルメスとクローカス
クロッカス Crocus vernus
クロッカス Crocus vernus
クロッカス Crocus vernus
昔、ギリシャ神話の使い神ヘルメスに、クローカスという美しいいいなずけがいた。
雪の後のよく晴れた日のこと、二人は山へそり滑りに出かけた。白い雪は眩いばかり
に輝いていた。風もなく穏やかな日で、晴々とした雪の原は気持がよかった。二人は
この雪の原を滑ったり転んだりして、笑い興じて時の過ぎるのも忘れていた。
しかし、陽はいつか西に傾いて木の影が長く伸びてくると、やがて風もにわかに冷たく
なってきた。もう帰らなければならない刻限であった。ヘルメスはまずクローカスを
そりに乗せて、次いで自分も乗り込もうとしたその時、突然一陣の風が起こり、そり
は、クローカスを乗せたまま、あっという間に谷底目がけて落ちて行った。ヘリメス
は狂気のようにその後を追って、転びつまろびつ一生懸命くクローカスの姿を探したの
だが、見えるものはただ一面白銀の原で聞こえるものは風の音と山彦ばかりであった。
ヘルメスは尚も重い足を引きずってクローカスを探したが、疲れ切って意識もうろう
となった瞬間、谷間の雪の中に突き刺さったそりと振り落とされて白雪を朱に染めた
愛しいクローカスの哀れな姿を発見したのであった。いつか風も止んで空には星が美
しく瞬いていた。だが、クローカスは再び生き返らなかった。翌年春がこの谷間に巡
ってくると、クローカスが血を流したその辺りに、美しい花が咲き出した。
その花こそ、その名も同じクロッカスだと言われている。
西欧伝説