藤の花
藤 Wisteria floribunda
藤 Wisteria floribunda
藤 Wisteria floribunda
藤の着物で女神を娶る
太古、その名を伊豆志袁登女(いずしおとめ)という美しい女神がいた。多くの男の神々が妻にしようとしたが、
誰もその目的が達せられなかった。ここに兄を秋山之下氷壮夫(あきやまのしたびおとこ)、弟を春山之霞壮夫
(はるやまのかすみおとこ)という兄弟の神がいた。ある日、兄神は弟神に向って「自分は伊豆志袁登女を恋して
いるが、なかなか従おうとしない。お前はどうだ。女神の恋を得ることができるか」といった。
すると弟神は即座に「た易く得てみせよう」と答えた。兄神は心の中でそんなことができるものかとみくびって
いたので重ねて「もしお前が女神を得ることができたら、自分は上下の着物を棄て、大甕(おおがめ)に洒をな
みなみと充たし、それに山海の珍味をとり揃えることを賭けよう」といった。
弟神はその一部始終を母神に話して、その救いを求めた。母神はふだんから優しい弟神を可愛がっていたので、
その願いをききいれて、一夜のうちに藤蔓で衣類も袴もすべて身につけるものを織って、それを弟神に着させ、
やはり藤蔓でつくった弓矢を持たせて女神の家に行かせた。春山之霞壮夫が女神の家にゆくと、身につけたも
のはかりでなく、持っている弓矢までことごとく美しい藤の花が咲いてきた。弟神はその弓矢をこっそりと女
神の厠(かわや)へかけておいた。その時女神はたまたま厠へきた。美しいその藤を見てふしぎに思い、それ
を自分の部屋に持ち帰った。それを見た弟は女神に気づかれないように、そっと女神の後について女神の部屋
に入った。かくて弟神はわけなく女神の心をとらえ深い契りを結ぶことができたという。 (古事記)